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電動スクーターは、燃費が良い

電動スクーターはちょっと憧れます。スクーターは、遠出はあまりしないので、走行距離が多いあまり望まないためです。今の電動スクーターはまだあまり走行距離が多くないが、ガソリンに比べて燃費、コストが安いという利点があります。しかも、家で充電できるので、ガソリンスタンドにわざわざ行かなくてもお勧めします。
駐車場があることを確認する。それがなければ、アパートを借りることができないということがあるために、駐車スペースがあることを確認しなければならないだろう。駐車場自体があっても余裕がない場合は、別々に借りる必要が出てくるので、非常に重要な事がある。それでも余裕がないという方が特別なことができる。
 18歳以下で争われる野球の「第9回アジアAAA選手権」が28日から9月2日まで、横浜スタジアムなど県内3球場で開かれる。横浜の渡辺元智監督(66)が指揮する高校日本代表チームは、大会最多の4度目の優勝に挑戦する。原則2年に1度の開催で、日本で行われるのは1998年第3回大会の大阪以来2度目。代表18選手のうち、神奈川からは近藤健介(横浜)佐藤大貢(東海大相模)谷田成吾(慶応)臼田哲也(東海大相模)の4人が選ばれた。

日本代表で3度目の指揮を執る渡辺監督は、1994年の第1回大会で優勝、2004年の第21回AAA世界選手権では準優勝に導いた。気負うことなく、2度目の頂点へ思いを語った。

 ―どんなチームを目指すのか。

 「韓国、台湾(と日本)が3強になる。韓国はパワーで、個々の能力が高い。台湾は日本に近い野球。

 そこで日本はどうしたらいいのかというと、(2009年の第2回大会で連覇を果たした)ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に倣ったサムライ野球をする。キレ味の鋭い野球をやっていくには、力任せじゃないつなぎの野球ができるかどうか。最高峰の甲子園にいた選手たちだけに、俺が俺が、ではチームが成り立たない。全員の意識を徹底的に浸透させ、納得させる」

 ―短期決戦だが。戦い方は。

 「(予選ラウンド最終3試合目の30日)台湾戦に一番調子のいい選手を持っていき、全力を尽くす。そして(1日からの)決勝トーナメントの韓国との試合にどう持っていくか。

 甲子園が終わった直後の強行日程。わずかな練習と練習試合で選手を見極めることが大事になる。選手には事前に自分の長所を書いたアンケートを提出するようにお願いした。コーチ・スタッフのアドバイスでベストメンバーを編成したい。

 投手起用は対戦相手に左(打者)が多いか右が多いかによって変わってくるが、(日本の)ピッチャーはどちらかというと本格派が多い。7人の特長をしっかり把握して、本格派でも、いい変化球を持っている選手を中継ぎだとかクローザーに考えたい」

 ―初めての神奈川開催。意気込みを。

 「技術以上に、強い信念と信念の戦いになる。特に韓国は国の威信を懸けてやっている。日本の選手たちも代表に選ばれたプライドを持って、日本のために戦ってもらいたい。韓国と台湾の強さは身に染みて分かっているが、何が何でも優勝。優勝を狙うしかない」 

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 ◇異色の画家のルーツたどる
 8月は亡くなった人を思い出す。09年7月31日、65歳で旅立った画家、浦田顕麿さんの追悼展が今月、富山市内で開催された。生前、浦田さんが描く緻密でちょっと怖くてエロチックな鉛筆画が大好きだったが、それ以上に浦田さんの喫茶店「エゴン・シーレ」のブラックカレーの大ファンでもあった。今回三回忌にあたり、実家の寺「宗圓寺」(富山県入善町芦崎)を訪れ、浦田さんのルーツをたどってみた。
 浦田さんは1944年3月、父親の赴任先だったモンゴルで生まれ、戦後すぐに家族で引き揚げた。弟の実麿さん(64)によると、小さいころから絵を描くのが大好きで、高校時代は女の子を自坊の本堂に集めダンスパーティーを開いたり、女の子との付き合いに手を焼いた高校長から両親に呼び出しがかかるなど今で言う「ワル」だったとか。この時、父の秀栄さんは「顕麿も男だったか。よかった」と褒めた?とかで校長もきっぱりあきらめたという。本来は美大進学を希望したが家族の反対でしぶしぶ龍谷大に進学。しかし寺の跡継ぎを実麿さんに譲り創作の道に。
 自分のお店「エゴン・シーレ」を開いたのは約30年前。シーレとは、1918年に28歳の若さで死んだオーストリアの画家の名前。どのグループにも属さずこれまたちょっと怖いエロスの世界を描いた。自分の店に名前を付けるぐらいだから、浦田さんもファンとみえて、店内にはシーレの絵も飾ってあった。事実、浦田さんを初めてお店で見た時、シーレの絵のモデルみたいな人だなと思ったものだった。
 「売る絵は描きたくない」と展覧会で作品を発表しても一切販売しなかった。なので作品はほとんど遺族宅と実家にある。宗圓寺には浦田さんの作品が至るところに飾ってあったが、エロチックな作品も、お寺にあると「命」につながっているように思えて違和感は全くない。
 大好きだったブラックカレーもほかのメニューも食べ切れないほどの大盛りだった。その割に値段は安く、年中無休で働く浦田さん夫婦を心配した客から「値上げしたらどうだ」と言われてようやく50円だけ値上げしたものの「お客さんに申し訳ない」とさらに大盛りになったらしい。
 作品だけでなく、聞けば聞くほど人間的に魅力のある画家だったようだが、残念ながら本人は無口で、一見気むずかしそうなので、しゃべったことはなかった。「あれ、お店がなくなった」と気づいたら、浦田さんが膵臓がんで亡くなったと知らされた。亡くなる2カ月前までお店で働いたそうだ。
 もっとガツガツした性格だったら、もっと評価は高かったろう。実麿さんもたくさんのエピソードを泣き笑いのように話してくれて「自分の好きな人生を生き切ったんだよ」と。やはり生前にもっと話してみたかったが、時既に遅し。今はただ静かに浦田さんの遺作と対話するしかない。

8月25日朝刊

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